今回、核となる話については、怪異としては左程強烈なものでは無く、むしろ人間による事件、といった趣のもの。これまでと比べると、もう一つインパクトは無い。
タルパなる空想上の友人(恋人)がキーファクターであり、前回のメインだった「桐島加奈江」の後始末、であるとも言える。
しかし一方で、それ以外の怪談は、いずれもユニーク。相変わらずのクオリティだ。
「荒らさなければ」意識していないのにいつの間にか知りもしない経文を落書きしている。こりゃ怖ろしい。
しかも、一度きりではなく、皆が何度も知らぬ間に再訪しては続きを書き継いでいるという。
暴走族を引退したらそれが治まったというのも別の意味で不思議だけれど、一体どんな力が何故そんなことをさせたのか、謎でしかない。
「入らなければ」これは客観的に見ればほとんどはいずれも怪異では無いし、偶然が重なっただけ、と言えなくもない。はっきりか良いと言えるのは、次男の傷口から出てきた線香くらいだろう。
しかし、一年でこれだけの不幸に見舞われる、というのは普通ではない。特に妻が一番可哀想だ。
これだけのことがあっても、まだその宗教を止めない、というのは何故なのだろう。
これも「サンクコスト効果」というものなのか。
「気づかなければ」背中に指文字で「しね」と書き続ける。何とも地味な怪異だ。
何者がなぜそれだけを続けていたのだろう。
それが、気づいた瞬間急に熱を発する、というのも不思議。それがその一度で全て終わってしまった、というのは更に奇妙だ。
また新たな始まり、となる予感もあるけれど。
「右へ行け」先祖や神仏からのお告げによって危険を回避する、という話は時折あるけれど、それに従ったために酷い目に遭ってしまった、という事例はあまり聞かない。
地蔵はどんな由来のものでも変わりは無いだろう、とは思いつつ、一方で声質からその死んだ老人の声かも、と思えなくもない。
「誘い香」これも怪異と言えるかどうか、ぎりぎりの話ではある。
しかも、これまで聞いたことの無い事例でもあり、語り手の周辺でだけ起こっているように思える。
しかし、偶然とは言い切れない程の出来事が起こってはいる。祖母以外、死因もなかなかにハードだ。
そして、結末が何とも哀しい。
「果てなき営み」胸を無理矢理揉ませる幽霊。実に滑稽に感じる。
でも、コメディではない。
霊の姿は、それを明らかに超える不気味さであり、何度見たところで慣れるものでも無いだろう。
そして最後に行方を眩ませてしまう。一体何が起こったのか何とも気になる。
「洟提灯」この話も笑える話かと思ったら、後半急転直下悲惨なオチに到ってしまう。
こういった落差のある話は、郷内怪談の持ち味の一つ。
霊的な存在が洟提灯のように現れる、というのも珍しい。
やはり、この存在が同僚の命を奪ってしまったのだろうか。
「白塗り」墓地にあった市松人形、それだけで視覚効果は抜群。
触れたら消えてしまっただけでも怪異だけれど、その後の奥さんの奇行との関連性は判らないと言えば判らない。
しかし、偶然とするにはあまりに諸要素が符合し過ぎる。
とは言え、人形の精もしくは人形に籠もっていた霊が乗り移った、と単純に言えるわけでもなさそうだ。何が起きてしまったのだろう。
「奪うから奪われる」時折光る神罰ものの中でもこれは強烈。
その鮮やかな手口も、仕上げも見事。
何より、右手人差し指を失ってしまう、というのは、罰として一番きついとも言える。
その効果まで見据えた対処が凄い。
「海より来たる」イルカのような首に人間の体。およそ見たことも聞いたことも無い姿だ。想像すると結構不気味。
後半のエピソードは、本当にこの怪物と関係があるのかは判らない。
が、まるで誘い込まれるかのような仕草、尋常ならざるスピードでの移動、と充分に怪異になっている。
因果を感ぜずにはいられない。
「元の木阿弥」生きている時のDVが死後も繰り返される。文字通りの地獄だ。
この事例、通常言われているような「成仏」の概念からも遠く離れており、注目に値する。
娘であれば為す術がない、などと言わず何とかしてやれよ、とは思う。このままでは、永遠にこれが続いてしまうことにもなりそうなのだから。
「嬉しい報せ」この子ども、一体何者なのか。新興宗教にしろ、子どもを祀っているわけでも無いとは思うし。
その子自体が食えるわけでもなし、誰の心の代弁だったのか。そういうものでもないのだろうか。
「無慈悲な報せ」これは思いの外怖い。じんわりとくる。
その奇妙さはまるでホラードラマのようだ。
この放送は、一体誰が何のために(放送したのか)行ったものなのだろうか。
これだけのことができるとすると、やはり神のようなものか。
それが語り手だけに聞こえた理由も不思議ではある。別に特別な人、というわけでもなさそうだし。
「喪の報せ」報せシリーズが続く。
人の死の知らせを、ストッキングの変色という形で教えてくれる、というのは実に斬新。
物理的な証拠が残る形なので、偶然とか気のせい、ということではない。
人は必ず死ぬものなので、暗い面持ちになる必要などはない。
しかも、15年で6件、少ないとは言えないものの、充分にあり得るレベルだ。しかも、年齢によってこうしたことは集中的に起こる時期があるものだ。親戚以外の人まで含まれているし。
「おしるし」心霊スポットを訪れてから、口からおはじきが出続けている。
このように誰にでも見える、いつでも確認できる、といういわゆる幽霊ものとは異なるタイプの怪異は、大変に興味深い。
一度きりなら、何かと一緒に間違えて飲み込んでいた、という可能性も、とんでもなく低い確率ながら考えられなくもない。否定の連続になってしまっているけれど。
何故おはじきなのか、これが何の徴なのか、全く判らないのも不気味だ。
「あなたたちの罪」心霊スポットに幽霊が現れるのは、その場所が呪われているとか何か事件があったから、などという理由ではなく、訪問者の意識・無意識が創り上げる共同幻想、タルパなのではないか、という仮説、なかなかに面白い。
これまでに読んだ怪談でも、特に何の由来もない筈の廃墟だとか、中にはでっち上げの怪談によるスポットなのにそこに幽霊が出て来る、という話があった。
それらも、そうした原理であれば説明できる。
幽霊が出るから心霊スポットなのではなく「心霊スポットだから幽霊が出る」わけだ。
とりあえず納得がいく。
相手の井口、という男の下衆振りが見事。ただ、あまりに戯画的で、本当に実在する人間なのか怪しまれる。
「求愛」友人宅にある筈の花聟人形が、何故語り手の許へ現れてしまうのか。
しかも、対になっている花嫁人形との間が不仲にもなっている様子。何事が起きたのだろう。
この話、語られていない何か裏、と言うかもっと本質的な何かが隠されていそうな気もする。
その方が怖そう。
最後にいつものようにとりあえず解決して終了か、と思わせたところで、新たな人物が登場する。
「高島千草」の元夫である。
あのとんでもない物語「花嫁の家」はまだ終わってなどいなかったようだ。
こうして次の一冊へと見事に引っ張られながら一巻が終わった。
怪談本にしては珍しいシリーズ仕立ての幕引きになっている。
次は陰陽の二冊あるらしい。大長編になるのだろうか。
これはまた期待大、だ。
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郷内 心瞳 KADOKAWA 2018年06月15日頃